坂口征二が新日本プロレス合流時を述懐した
坂口征二の連載は今回で最終回だ(「東京スポーツ」2009年12月9日付)。
日プロと新日プロの「合併話が大木金太郎さんによって流れ」(坂口)、坂口征二は若手3人を連れて日プロを離脱し、新日プロに行くことになった。
まあ、大木が壊したというより、他のレスラーももともと不承不承だったところ、大木が反対してくれたのでのったのではないか。
猪木の追放時、小鹿、ヒライ、林といった小姑レスラーが、いよいよ猪木を追い出せるとがんばっていた。
猪木はどういうつもりだったかはわからないが、彼らは猪木のもとにいっても冷遇されると思っていただろう。他のレスラー達も大なり小なり同じ考えだったのではないか。だからこそ、坂口にはついていかなかったのだろう。
まあ、その点では猪木に理解があるといわれた上田馬之介がついていかなかったのが意外といえば意外だが、不器用な人間であることや、坂口の離脱で、自分にチャンスが回ってくると考えていたのかもしれない。
かくして坂口は、3つ持っていたタイトルをあっという間に取られてしまう。
もはや日プロに未練はない。私と小沢(正志=後のキラー・カーン)、木村(健吾)、大域大五郎の4人のみが、猪木さん率いる新日本プロレスに移籍することは、すでに大木さんの口から発表されていた。自分の日プロ離脱時など、都合が悪くなると休んできた猪木らしいエピソードだ(笑)
日本プロレスとの契約は3月31日まで残っている。後でグダグダ言われないためにも、キチンと契約だけは守りたい。
当時のプロレス界は、現在とは比較にならぬほど殺伐とした空気があった。日プロ離脱が決まっている私たち4人が「試合中の事故」を口実に、どんな目に遭わされるかも分からない。極端な話、観客の前で集団リンチに及び、その選手の商品価値を消し去ることさえ可能なのだ。
さすがに心配されたのだろう。猪木さん側からも「何か適当な理由をつけて、残りの試合は欠場したほうがいい」と欠場を勧められたほどだ。
だが私にも「会社を裏切ったワケじゃない」という意地がある。仮に何か仕掛けられたら、どんな手段を使ってでも反撃するとハラをくくっていた。大体、日プロ内に、私をネジ伏せられる者がいるのか? 当時の私は相当に殺気立っていた。
強い外人には気後れして、ミスター高橋を通じてものを言う猪木らしい気遣いだ(笑)
日プロ最後の試合だった3月8日の栃木・佐野大会は、「もはや日プロ勢と同じ控室、同じ空間にいられる状態ではな」かったという。
私たち4人は、まず都内から自家用車で体育館そばのビジネスホテルヘと向かい、部屋で着替えると、試合直前に会場入りした。あとは通路に張り出された対戦表に従って試合を行うまでだ。実力差のある試合であることや、桜田がケンカ自慢であることからそうなったのだろう。
第1試合で羽田光男(後のロッキー羽田)と対戦した小沢はバックブリーカーで快勝。第2試合で伊藤正男と対戦した木村は時間切れ引き分け。ところが第3試合で桜田(一男=後のケンドー・ナガサキ)と対戦した大域が、ケン力まがいの攻撃で顔面をボコボコにされ、リングアウト負け。顔面血だらけとなり控室へと戻ってきた。
伊藤正男や羽田光男に、ガチでリンチというイメージはないし(笑)
ジャイアント馬場は後に合流する日プロ勢を冷遇したというが、とりわけ後にアメリカではそこそこはたらした実力のある桜田が全日で開花しなかったのは、桜田のこうした面を馬場が嫌っていたのではないだろうか。
結局坂口はリンチされず、試合が終わると彼らは控え室にも戻らず会場外に待たせておいた自家用車に乗り込みホテルヘ直行。着替えて新日本プロレスの合宿所に向かった。
深夜の合宿所では、山本小鉄、木戸修、藤波辰巳、小林邦昭らが拍手で出迎えてくれたという。
坂口は最後に、テレビ朝日の今は亡き三浦、辻井両専務に感謝して筆を置いている。
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