坂口征二が日本プロレスを離れる決意をした

日本プロレスを守るとタンかをきった大木金太郎(「東京スポーツ」2009年12月2日付より)
前回の
坂口征二の連載は、マサ斎藤の仲介で、アントニオ猪木と会って話をしたところまでだった。

今回(12月2日付)は、その後だ。日本プロレスの動きが興味深い。

NET(現・テレビ朝日)の三浦専務、辻井専務(いずれも当時=故人)から呼び出され、最後通告を受ける。
「このままではプロレス中継は存続できない。猪木と一緒にできるか? それが中継存続の条件だ」と宣告された。
 NET側の言葉を、そのまま芳の里社長に報告すると「その件はお前に任せる」と一任された。
 猪木さんが日プロを去った後、クーデター事件だなんだと騒動となり、さらに猪木さんも反撃に出て日プロ側を徹底非難。そんなわけで日プロ社内でも、猪木さんに対するアレルギーは強かった。
 だが、今はそんなこと言っていられる状況ではない。テレビ中継、そして何より会社の存続のためにも猪木さんと合流し、新団体を設立する案をグレート小鹿さんと相談した。
猪木と会って、その後、NET(現・テレビ朝日)から最後通告を突きつけられる。ということは、マサ斎藤自体がNET(現・テレビ朝日)の意向を受けていたということもわかる。

この頃になると、坂口は極秘裏に猪木と頻繁に会っていたという。そして、日プロの選手会もグレート小鹿の説得で、いったんは新日本との合併に了承したという。

私が懸念していたのは一点。猪木さんが「日プロの腐敗」を訴えていた時、標的にされていた芳の里社長の件だ。私にとってプロレス転向を誘ってくれた恩人でもあり、新日本との合併案を「交渉役は坂口に」と一任してくれたことに対する責任もある。NETの三浦専務、そして猪木さんに合併の条件として「芳の里社長を新団体の会長に」と提案したら、意外なほどアッサリ了承してくれた。日プロ社員も、そのまま新団体で受け入れてくれることになった。

団体の名称は「新・新日本プロレス」や、原点回帰で「日本プロレス」を名乗るなど、様々な案が浮上していたという。さらに、2月6日には新宿の京王プラザで会見を行い新団体の設立を発表。坂口としては、「71年末から続いたゴタゴタ、騒動をようやく総括できた気分になっていた」という。

ところが、結果的にこの計画は実現しなかった。韓国から帰ってきた大木金太郎が「力道山先生の作った日本プロレスを守るのが筋」「今さら猪木とは一緒にはできない」と合併案に大反対したのだ。

面白いのは、「いつの間にか芳の里社長までもが、合併反対派の象徴に祭れ上げられてい」たという。ダメ社長、芳の里らしい朝令暮改ぶりだ。

テレビ中継存続、会社存続のため年末から椿力的に動き回っていた私は、完全に裏切り者扱いされている始末だ。
 しかも、2月16日の後楽園ホール大会の試合前には、私がいないスキに大木さんが報道陣を集めて「新団体拒否声明」まで発表してしまう。もう最悪だ。
 中継存続に向けたNETとの約束。そして猪木さんと交わした約束も、今さら破るワケにはいかない。そもそも、ここまで客足が落ちた今、テレビ中継なしで日プロが存続できるワケがない。それでも大木さんは「我々こそ本流」と、神風が吹ぐと倍じて疑わない様子だった。
 私の中で何かが吹っ切れた。もう日プロを去るしかない...。人間関係も最悪だった。

坂口によると、「ここから先はもう、抜け殻のような私がリングに上がっていた気がするー」と述懐している。いよいよ日本プロレスは崩壊に向かう。

それにしても、いったんは日本プロレスに辞表を出したり、この頃は韓国に戻ったりなど、日本プロレス一筋ではなかった大木が、日本プロレスを守るとはよく言ったものだ。

待望のインターナショナル選手権を獲得し、エース気分を味わいたかったのだろうか。


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