坂口征二が馬場との会話の真相を語る

坂口征二が「東京スポーツ」に書いている連載は、いよいよジャイアント馬場の独立と坂口との会談にうつった(11月18日付)。

日本テレビとともに新団体旗揚げの準備に入っていた馬場さんから呼び出しを受ける。
 場所はホテルニューオータニのスカイラウンジ。馬場さんはプロレス転向以来、兄貴のように慕ってきた先輩。私を新団体に誘ってくれると直感した。
 ところが馬場さんは一言も「一緒に来い」と言わぬばかりか「坂口、お前は日プロに残って会社を守れ」。
私としては「はい、そうですか」とも言えず、心中は複雑だった。当時、私が馬場さんから「2000万円もの支度金を積まれた」なんて報道もあったが、それが真相だ。一部の人からは「お前はプロレス転向以来、馬場さんに世話になっていたのだから、何も言われなくても馬場さんに付いて行くべきだ」とも言われた。だが、私をプロレスの世界へと誘ってくれた芳の里社長に対する恩義も大きい。裏切るワケにはいかない。

ということだ。

馬場としては、「どうせ自分が抜けた日プロはいずれつぶれる。ここで無理に引き抜きをするより、日プロを刺激しない方が、外人ルート確保やNWA加盟などを考えると得策だ」と思ったのではないだろうか。

坂口の連載によると、その後、日プロはNWAタッグリーグ開催の頃、すでにギャラの遅配が始まっていたという。

夏のシリーズまで馬場はいたはずだから、あまりにも日プロの傾き方が速い。

この頃、週2回だったNETの日プロ中継は週1回に戻ったが、「金曜8時」というプロレスの歴史的枠に放送されていたため、ドリフという強力なライバルがいた当時の全日本プロレス中継よりもむしろ視聴率は高かったはずだ。

にもかかわらずそこまで落ちぶれたのは、たぶんプロモーターがこぞって日プロから全日プロに流れたのではないだろうか。興行が存分に打てなければ興業会社は成り立たない。

この当時については、「テレビがなければ団体運営はできない」といわれたが、それもないとはいわないが、当時はプロモーターの力が強かったのではないだろうか。


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